京都からKENがやってきました。
KENとは、SUBURU GARY FISHERの小野寺 健ちゃんです。

健ちゃん。
この写真は変な顔ですが、実際はもっと変な顔・・・・いやいや、とてもいい男です。
健は、世界で初めて29インチで優勝したライダーです。←ニュースになりました
ワタクシがずっとレースで使い続けていた29erですが、ワタクシの力では4位が最高でした。
で、ワタクシがトレック・ゲイリーフィッシャーチームの監督になって、レースに出れなくなってしまったので、29erで優勝する事を健に託したんです。←道産子ですから
北京オリンピックの選考会で幸平(山本幸平)に負けて2位になった健は、ゴールしてすぐにワタクシの所に来てこう言いました。
「身体は全然疲れていないのに、BIKEが進まない。」
そこでワタクシが言ったのは、「クランクを長くしろ。」でした。
すぐに富士見のレースが控えていたので、帰ったらすぐにクランクを替えた健ちゃん。
すぐに電話をかけてきて言った言葉は「僕はもう誰にも負けませんよ!!」でした。
富士見のレースでは、2位の竹谷さんを4分、3位の千田君を9分引き離しての圧勝でした。
世界で初めて29erが表彰台の頂点に立ったんです。
それも、29erでは不利であろうと言われていた富士見のコースで!!
それ以来です、29erがボロカスに言われなくなったのは。
そして今では、多くの選手が29erでレースを戦っています。
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去年からワタクシが本格的にやまめの学校を始めたので、レースに行く事がなくなりました。
監督も辞めちゃったので、健と走るのは一昨年の田沢湖の試走以来です。
お友達が撮ってくれた動画を見ていたので、健や悠の走りを見てはいましたが、一昨年と走りが変わっていたことにすぐに気が付きました。
バイクが進んでいないのと、フォームがあの時と違うことに・・・・・。
あんなもんじゃないです、健のスピードは!!←去年の健です
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2日間一緒に走り回って、基本を一から勉強しました。
初日の午前中は、ワタクシの方が速かったのに、サスペンションのちょっとしたセッティングの変更をきっかけに、健が生まれ変わったんです。
もう全然付いていけない・・・・・・・・・・・・。←午前中の健はダメダメでした。
スパイダーモンキーとUSAであだ名をつけられた健の速さが、完全に戻りました。
どんなに狭いシングルトラックも、ありえないスピードでコーナーを切り返してゆく彼の切れた走り。
目の前で見た人間にしか分からないと思いますが、MTBってこんなに速く走れるんだ~と誰もが感動する事でしょう。
目線・荷重の掛け方・ギヤ・ブレーキをかける指・腕の使い方・適切な脚の出る方向・・・・・・全て伝える事が出来ました。
2年前には上手く伝え切れなかった事が、やっと伝える事ができたんです。
「もう負けませんよ僕。」
またあの時の健の言葉と同じ言葉を聞けました。

また勝ち続ける事でしょう。
今世の中で29erが売れるようになったのは、健の活躍があったからです。
レースで勝てないレース用の自転車になんて、誰も魅力を感じないですから。
今でも、あの富士見のレースのことを思い出すだけで、涙が溢れてきます。
それくらいワタクシの自転車人生・・・いやいや、生きてきた中で嬉しかった出来事なんです。
自分が信じて試行錯誤してきた29erの可能性を、誰もが驚くほどの走りで証明してくれた健。
彼にはもっともっと勝ち続けて欲しい。
そして、今度は29erを世界の頂点に押し上げて欲しいです。
夜中まで話し込んでいて、健の目標としている「世界で戦って頂点を獲る」ということが、不可能ではない事と確信しました。
この仕事をやっていて良かった・・・・・・・・。

あの時の感動は、一生忘れません。

世界で初めて29erが勝った時の金メダルは、ワタクシの宝物で。
健が表彰台で言ってくれた言葉。
「この優勝は堂城さんに捧げます」・・・・・・・・・・
健のくれたこの金メダルは、ワタクシの宝物です。
健と走った2日間の成果は、健が取り付けているサイクルオプスのパワーメーターの数値が、ありえないほど高い数値だった事。
ワット数は、適切な方向に蹴っていれば、楽に高い数値が出続けるという事が解りました。
おそらく一緒に走っていたワタクシの数値も、驚くほど高い数値だったと思います。
健の最初のレースは、シーオッタークラシックです。
世界のトップライダーと肩を並べて走る健に注目してください!!
そして応援してください!!
もっともっと前へ!!!!
(とても幸せな2日間だったmasaru)